2012年8月22日

スローフードとは何だったのか(14)

僕らはもっと小さなものを守っていくべき

スローフードジャパン副会長の石田雅芳さんに聞く連載最終回。
エネルギー問題、TPPへの参加、遺伝子組み換え食品......どれも根っこにあるのは多国籍企業など一部の富める人々がさらに富を得るための思惑と、それを許している市場原理主義、経済効率主義社会の構造上の問題だ。

未曽有の災害を経験し、我々日本人は大切なものに気付き始めている。
これからどこへ向かうべきなのか(聞き手・構成/永田麻美)。

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石田さん写真.jpg▲スローフードジャパン副会長の石田雅義さん

---福島第一の原発事故後、さまざまな現代社会の矛盾が見えてきました。

 

僕らはそれに対してどういう反応をしたらいいのでしょうか。
反原発派は代替エネルギーについて考えていないと無責任だと言われてしまう。じゃあ僕らは東京大学と原子力研究所に通えるぐらい勉強して、彼らの理論を打ち負かすぐらいの数値を出してこないと意見も言えないのか。代替エネルギーを僕らが開発しなければ、原発に反対しちゃいけないのか。たとえば、スイスとかイタリア、ドイツで原発に「NO」を出した時、そこに投票した人たちが全員代替エネルギーについて具体的なアイデアを持っていたのでしょうか。

専門家たちが40年かけて理論武装してきたものに、市井の人たちはなかなか立ち迎えない。持続的な生活が危ぶまれていることを僕らは肌で感じている。原発のような人間がコントロールできないものを自分の人生の中に組み込みたくないという真摯な気持ちというのは、理系の人たちが言う数値と同じくらいの価値があると思います。テレビで原発について発言している人のほとんどが理系です。でも、僕らの社会的選択は数値だけ行われるべきものではありません。

福島市在住の、これから子どもを産みますというお母さんには「原発は要りません」という権利があると思うんです。それを説得するのに、マイクロシーベルトの話をしてほしくない。なぜならば、これは大部分の市民にとって生命と倫理の問題だからです。

「このエネルギーシステムと社会システムが不安で不快だから反対する」ということを堂々と主張できなければいけない。それこそが原発推進派の理論に立ち迎える唯一の方法だと思います。

エネルギー政策の問題は、化石燃料が多国籍企業によって押さえられていて、それが世界システムそのものを牛耳ってきたことにあります。GMO(遺伝子組み換え食品)の問題とまったく同じです。化石燃料自体が温暖化の原因だと宣伝されていますが、その欺瞞にみんな気付かない。安易なプロパガンダに踊らされ、エコロジーのためには原子力しかないという理論で説得されてしまっています。

GMOも、科学者に食べたら死ぬのかと聞けば「違う」と言われてしまう。そこが問題。理系の人たちの土俵で戦わないことです。「明日死ぬわけじゃない」。それは正しいです。だけど僕が反対しているのはGMOを成り立たせている社会システムに対してです。だから、僕の家では食べたくない。
「僕は原発を成り立たせている社会構造そのものに反対している」といった民間レベルの政策ポジションを絶対捨ててはいけないと思うのです。


---どこかで議論を微妙にすり替えられている。それになんか納得させられてしまっている感じですね。

日本人は丸めこまれたいのだろうかとよく思います。議論がなんとなくきちんと終わっていれば受け入れてしまう。言いくるめられてしまうというのがありますね。

今、原子力発電や電力会社などについて、軽はずみに否定的な発言をすることは危険なことになってしまいました。お笑いのネタにすることさえタブーです。イタリアではベッペ・グリッロというコメディアンが辛辣な政治批判をして世に受け入れられました。ベルルスコーニをはじめ、イタリア中の政治家が震撼するほどの言論活動を展開しましたが、メディアは彼を葬り去ることはありませんでした。彼のエネルギー政策への提言は有効なものとして社会に受け入れられました。イタリアは混沌の国ですが、ある意味でまだ健全な議論をする土壌があります。


---スローフード・ジャパンとしてはこれからの日本に希望を持っていますか?

希望はあるべきだと思っているし、できる限りのことはやっていこうと思います。現実に悲劇的な状況の中で生活している会員さんたちもいます。それを、一過性のものとしてやりたくありません。本当に役に立ちたい。現場でボランティアをすることももちろん大事ですが、スローフード協会はもっと長いスパンでの活動、30~40年かけて進めていくことができるような持続性のあるプロジェクトを作り上げていきたいと思っています。「買って応援、食べて応援」も、今の生産者を助けるためには有効だと思いますが、それを何十年も続けていくことは難しいことだと思います。

本来スローフードは、心地よい持続性社会を実現するための提言からスタートしています。喜びのないプロジェクトには持続性はありません。どんなものを食べても生きていけるものではありません。必要な栄養分を燃料のように全てカプセルで供給されながら暮らすことはできないでしょう。


---今、世界は、一方で多様性が重要だと言いながら、ある意味画一化された社会へと突き進んでいます。明らかに多国籍企業、大資本が強大なパワーを持つ平準化された世界がつくられようとしている。スローフードが向かうのは、多様性、変化、違いをいかに守っていくか、大事にしていくか。

世の中にある全てのものはエントロピーの法則に従っているので、エネルギー量が増大していくことで散逸化します。なのに、同じものを食べていきたい、同じものをつくっていきたい、同じ生活様式の中で生きていきたいと願うから、自然の法則とは逆のベクトルでものごとが動かされていく。そして、収益性、経済性によって、世の中の富が物質文化の中で集約されていきます。
しかし、僕らはむしろもっと個性のある小さいものを守っていくべきなんじゃないだろうか。

震災が起こった数時間後から、僕のフェイスブックなどに世界中から山のようにメッセージが届いて、電話もカリフォルニアから、ヴェネツィアから、フィレンツェからかかってきました。とてもうれしかったです。みんな本当に親身になって心配してくれて。ペトリーニ会長はよく、「スローフードは1つの家族である」という言い方をするんですが、今回それを実感しました。イタリア・ヴェネト州にあるポルデノーネという町にある小さなコンヴィヴィウムが何回もチャリティ夕食会を開催して、何千ユーロも集めてくれた時には驚きました。


---そうした声にきちんと応えることが、義捐金を使う意義であり、スローフード・ジャパンとしてのプレゼンテーションにもなるわけですね。

これがスローフード・ジャパンとしての再出発にもなると考えています。新しい理事組織を作って1カ月ちょっとで大震災に遭い、いきなり試練に立たされました。が、同時にある意味良い節目でもあると思っています。
この先、震災復興や国外からの圧力によって、スローフード協会が提唱してきた持続性のあるライフスタイルと食環境を、否が応でも考えていかなければならない時がくるでしょう。我々の運動、または考え方というものが、何か具体的な方策となって地域に残っていけば良いなと思っています。

石田雅芳(いしだ・まさよし)
1967年福島市生まれ。同志社大学文学部美学芸術学専攻、1994年よりロータリー財団奨学生としてフィレンツェ大学に留学。1998年よりフィレンツェ 市公認美術解説員、その後日本のメディアの現地コー ディネーター、イラストレーターなどを経て、2001年より2007年に帰国するまでスローフード国際協会の日本担当官。現在スローフード・ジャパン副会長。