スローフードとは何だったのか?(8)
スローフードを守る、2段階プロモーション・下
クオリティの鍵は、細部の決め事
スローフードを守るためのスローフード的手法の核は、実は、スタッフが汗をかきつつ地域との協働で進める、きめ細やかで地道な作業にあった。
前回に続き、スローフード協会の2大事業、地域種や希少種を守る「味の箱舟(アルカ)」と、それらをつくる小規模生産者を地域で支える「プレシディオ計画」について、スローフードジャパン副会長の石田雅芳さんと、さらに詳しく見ていく(聞き手、構成/永田麻美)。
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▲日本からは味の箱舟(アルカ)に秋田県男鹿市の諸井醸造所を中心とする「しょっつる」(魚醤)もリストアップされた。しょっつるは伝統的にはハタハタ(写真)から製造される(photo/石田雅芳)。
――「プレシディオ計画」のスタートはいつごろでしょうか?
1990年代の中頃です。「プレシディオ計画」の前段が、絶命に瀕している産品を架空の箱舟に乗せて守ろうという「味の箱舟(アルカ)」運動です。これはリストアップする作業。現在、日本では27種類が登録されています。
リストアップされた産品は、スローフード協会のウェブサイトやイベントを通じて多くの人々の目に触れるようにしますが、これが重要なんです。トスカーナ地方の海岸沿いにある白い大理石を採掘する町・コロンナータで採れる、ラルド・ディ・コロンナータ(コロンナータのラード)も、本部のウェブサイトに情報を載せただけで、あちこちのグルメたちが飛び付きました。
これは、白大理石のコンカと呼ばれる箱の中に岩塩とコロンナータのローズマリーを入れて塩漬けにした真っ白な豚の背脂(塊)。コロンナータは標高が高く、ハーブ類など香草の成長がとても悪いのですが、このハーブが特別に良い香りがするんです。コロンナータのラードにはコロンナータのローズマリーを使わなければなりません。
これが、あまりに美味しかったのです。真っ白な大理石が採れる山の中で、真っ白なラードが作られるというイメージも手伝い、世界中のグルメが追い求める幻の食品になりました。これも、スローフード協会の「プレシディオ計画」の大きな成果です。
しかし、この時、課題も見えてきました。他地域の人たちまでがコロンナータのラードを作り始め、あちこちで類似商品が出回るようになったんです。
そこで、1998年以降、「プレシディオ計画」に選ばれた産品全てにおいて、生産規定書を義務づけるなど、産品を守るためのプロトコルをつくり、産地でのその実践を指導・支援するようになりました。
たとえばトスカーナ地方の山の中で生産されている干しイチジクの「プレシディオ計画」の場合、まず生産者を集めて皆で情報を出し合い、イチジクの品種、生産場所、収穫時の熟成度合、開いて干すときのナイフの入れ方、干し方、干す時の硫黄の種類、硫黄を置く場所など細部を決めていきます。この細部がクオリティに決定的な影響を与えます。
このように「味の箱舟」でリストアップされた産品の中で、スローフードのスタッフが生産者の所まで出向き、生産組合の立ち上げ、生産規定書の作成、地元の食のリサーチなどを指導・支援するなど、スローフードが「直接手を下す」というプロジェクトに発展したものが「プレシディオ計画」です。「プレシディオ」に選ばれると、国際プレシディオリストの中に入れられて、本部のウェブサイトの中で紹介され、2年に1度トリノで開かれる食の祭典「サローネ・デル・グスト」の中に無料のブースが立ちます。パンフレットなど広報資料も本部が皆作ってくれます。▲2011年現在、日本で唯一プレシディオに認定されている雲仙の「こぶ高菜」。写真のとおり、こぶがついている珍しい高菜だ(photo/石田雅芳)。
――「味の箱船」へのリストアップは自薦?他薦?
ほとんどコンヴィヴィウムのリーダーからの情報提供ですが、自薦もあります。その場合、慎重に対応します。「味の箱舟」も「プレシディオ計画」も販促のための運動ではありませんから。
エントリーは、スローフード会員外の人も可能です。本部のウェブサイトには調書(申し込み用紙)が載っています。調書を基にアルカ委員会にかけて、最終的に本部の認証をもらいます。
――認定後は更新制でしょうか?
いいえ。しかし、時々取り消しになる産品もあります。
また、キアーナ牛のように、認知度の高い有名な品種は生産者が大勢います。認定する地域を限定したとしても、品種自体がプロモートされれば、結局、プロジェクトに関連のない生産者全員が恩恵を受けることになる。誰のための事業なのかわからなくなってしまいます。
よって、スローフードの政策として有効ではないと思われた時には、その産品へのスローフード協会としての関わりを止める場合もあります。
さらに、2000年に入ってからは、「プレシディオ計画」はなるべく加工食品を対象とすることになりました。
――ブランディングは、まずはその「基準」や「定義」を決めることが大変ですよね。
そうですね。たとえば、「味の箱舟」で、30年という年数を基準に認定しようとすれば、35周年を過ぎたイタリアで一番売れているチョコレートスプレッドも「味の箱舟」にリストアップできるのかとか(笑)。
とはいえ、チェック項目全てを満たしていれば認証するといった客観的な落とし込み方はしたくない。なぜならば、食べ物が本当にモノになってしまうからです。
だから、選定・認定は常にその時々で最適な手法を採択し、ある程度のフレキシビリティを持って行っています。スローフード協会からの認定欲しさに、それに合う物を生産し始めるというのでは、本末転倒ですからね。
食べ物は多様性がありすぎるので、1つの物差しで測ることはできません。みんなでブレーンストーミングをして、「スローフードって何?」という根本に触れる「議論」をする、それこそが楽しいんです。
関わるスタッフみんなが自問自答しながら進んでいくのが、スローフード。だから、「スローフードって何なの?」と質問されても、一言ではとても説明できないのです。
→ (9)へ続く
▲「味の箱舟」に認定されている長崎県の柑橘「ゆうこう」も、もうじきプレシディオ入りの可能性も。あるフランス人神父が住んでいたと言われるあたりにしか生えていない、幻の柑橘だそうだ(photo/石田雅芳)。
石田雅芳(いしだ・まさよし)
1967年福島市生まれ。同志社大学文学部美学芸術学専攻、1994年よりロータリー財団奨学生としてフィレンツェ大学に留学。1998年よりフィレンツェ 市公認美術解説員、その後日本のメディアの現地コー ディネーター、イラストレーターなどを経て、2001年より2007年に帰国するまでスローフード国際協会の日本担当官。現在スローフード・ジャパン副会長。